タイプ別合格体験記

タイプ別にみなさまの合格体験記を掲載しております。

ご参考になさってください。


keikei合格体験記

1.なぜ社労士だったのか? 

0Lからぷー太郎へ  
私は、1999年の暮れに東京に引越してくるまでは大阪を離れたことがありません。
根っからの関西人!  
短大卒業後、リクルートの関連会社に入社、2年目に親会社のリクルートに転籍し、
4年間勤めました。  
「やる気のある人にはこれ以上の会社はない!」今でもそう思える本当にいい会社です。
社長のことを「○○さん」とさん付けで呼ぶ会社で上司に対しても間違ったことは間違っていると言える、そしてそれを受けとめてもらえる、とても風とおしのよい会社でした。処遇も良かった。  なのに、その会社で勤め続けることができなかったんです。当時の私は・・  

期待されてもそれに答える自信がなかった。まわりからは結構、頑張ってるな!

って評価されてたのに・・・・  

自分はというと全然自分自身に自信が持てなくて、勝手にしんどくなって、そんな気持ちから体調を崩して、会社を辞めたのが1月末・・・  

半分逃げ出したようなかたちでした。  

4年弱勤めたものの、「私、○○は出来ます!」というものがひとつもありません。

そこで、思いついたのは、やっぱり手に職よね!  

で、天秤にかかったのが皆さんご存知社会保険労務士ともう1つは医療事務。  

なぜこの2つだったのか?  

医療事務は、月末月初10日程働けば結構な収入に!この言葉に魅力を感じていました。

別にばりばりのキャリアウーマンを目指していた訳ではないし何年か後には結婚して主婦しながら少し収入があればいいな・・・でもでも何か資格を持っていたい!こんな感じです。  

もう1つの社労士はというと・・・  

会社をいざ辞めると健康保険の任意継続だの国民健康保険や国民年金の手続きやら、雇用保険やらと社労士関係の法律にお世話になることばかり・・  

おまけに新聞の受験予備校の広告には「「これからの高齢化社会、この資格で決まり!

年金相談などの業務は女性にうってつけ!」ときたもんだ!  

こりゃ、やるっきゃないでしょ!

「やっぱりお金のためにとる資格より、少しでも興味のある社労士のほうがいいかな、将来自分の年金のことなんかもわかるし・・・」  ということで、社労士に決定!!  

新聞の広告を見て2社に資料請求し、そのうちの1社の通信教育に申し込みました。  

これが、社労士受験の始まりです。まさか、こんなに難しい試験に自分が首をつっこんでしまったなんて、この時は知るよしもありませんでした。  

私の社労士受験のきっかけはこんな感じで、特にたかーい志をもって始め  た訳でもなんでもありません。かるーい気持ちだったんです。  

基本手当をもらっている間に資格でもとっておこう!ぐらいの気持ちです。  

(こんなきっかけで社労士受験を始めた私が講師をし、今では全国の受験生の皆さんとこんな形で関わらせて頂いているのですから・・・  

結局きっかけなんて関係ないのかもしれません)

2.社労士試験って思ったより難しい!

 

                         ~独学はつらいよ~

3月に通信教材が届きましたが、いざ勉強をスタートしたのは4月から、

労働基準法から始めましたが、さっぱり???

その頃社労士は6ヵ月あれば合格できる試験!と聞いていましたから、少々

期間は短いものの大丈夫だろう!私は一発合格できる!

そういう気持ちでテキストを読んでいました。

だから、少々わからなくても結構強引に進めたんだと思います。

今考えると本当によくあんなに理解していないのに進めたな?と感心してしまいますが・・・

そんなこんなの勉強でも労基法からはじまって、安衛法、労災、雇用、徴収健保法と強引に進んでいましたが、さすがに若い私には全く関わりのない年金2法には頭を悩ませました。(今では、結構好きな科目の1つですが)

3ページ進むのに5時間もかかってしまい、3日で嫌になりました。

結構難しいやん!この時始めてそう思いました(本当に鈍感でしょ!)

このままではまずい!そんな私に、見てたの?という絶好のタイミングで某受験予備校からGWのワンポイント講座のご案内が・・・

こういうお知らせって、ほんと痛いところをついてると思いませんか?

GWは本試験までの最後の復習のチャンス!今理解せずして合格はなし!

みたいなうたい文句が載っていたように思います。焦ってしまって・・・

思わず、年金2法とこの試験で一番難解とされている一般常識を申し込んでしまいました。(この思わず申し込んでしまった!!という気持ちわかってもらえます?)

国年と厚年1日ずつ、受講しました。この時2つのことにショックを受けたことを今でも鮮明に覚えています。

1つはあんなに読み進めなかった年金がその日の女性講師の話を聞くとなんとなくわかったような気になったことです。

結局メモを必死にとってるうちにあっという間に講義は終わってしまったので話は半分以上聞けなかったのですが、それでも私には衝撃的でした。

(そのとき授業そっちのけでメモした講義録は今でも大切にとってあります

そのメモを見るとあの時何がわからなかったのかが、よーくわかります

やっぱり今とは全然違うところで悩んでいます。当時のわ・た・し

そのメモが今の過去問解説などに非常に役にたっています。合格して時間が経つと受験生の時に何に悩んでいたか?を忘れてしまいますからね)

私の今までの理解と全然違う!ずれてる!!

やっぱり独学ではだめなのかな?だって、こんな講義を通学して毎週聞いている人達にはかなわない!これが1つ目のショックでした。

 

 

 

2つ目のショックはその時の担当女性講師とそれを取り巻く受講生の関係です。

女性講師は某予備校のクラスを持っている人だったようで、その日もその担当クラスの生徒が10人程前の席に陣取っていました。

とてもきれいな人で開業して年金相談などを行っている!というお話などをいきいきと話されました。(この時、ああ、こんなふうに私もなりたい!社労士になりたい!と思ったんです。)

少しお話がしたいなあーと思っていたのですが、とりまき(担当クラスの生徒)

がたくさんいて私が入る隙などありません。

休憩時間はグループでいろんな話をしていましたし、講義終了後は女性講師も一緒にお茶にでも行くのか、連れだって帰っていきました。

ただでさえ、通学生との遅れを実感させられて落ち込んでいるところへ、この一体感!それもあこがれの先生と・・・正直すごく羨ましかった。

それまで、ずっと自宅で勉強していましたし、初受験ということで極端に情報不足で、かえって焦りなどは感じませんでした。

それほど、この試験のことを理解していなかったんだと思います。(焦りようがなかったんだと思います)

が、この日にこの講座に参加していっぺんに焦りで私の心の中がいっぱいになりました。

独学であることに焦りを覚えるようになったのです。

(私が、「とれとれE★社労士」というものを発行したきっかけの1つともいうべき事件がこれです。独学者のなんとも言えない焦り、孤独感がわかっているからこそ少しでも情報交換して不安がなくなればいいなあー、私みたいな者でも何かできるんじゃないかな?そう思ったんです)

 

とはいうものの今更どうしようもなく、また時間もなくそれから本試験日までの時は刻々と過ぎていきました。

某予備校の答練を5月から2箇月間受講したのと、あとは模擬試験を2回ほど受けたぐらいでしょうか?それだけで精一杯でしたね、なんせ、時間がなかった でも、2回受けた模擬試験のうち1回はランキングしました。(後ろのほうでしたけどね)

だから、情報不足で焦ってはいたものの変にその辺は安心しているところもあって、もしかしたら合格できるかな?なんて考えていましたね

 

そうこうしているうちに本試験日を迎え・・・

ほんと、こんなに緊張するものかな?というぐらい緊張しましたね

模擬試験の時とは比べものになりません。合格しなきゃ!という気持ちからでしょうか、また、この時期はほんと暑いんです。これでもか!っていうぐらい直射日光が照付けていて、アスファルトからの熱気と緊張で試験会場に到着する頃にフラフラです。

フラフラの頭で択一式3時間半をいっきにときますから、集中力も何もないですよね!今なら途中で頭を冷やすためにトイレにたったりとか、難しい問題が絶対あるから、その問題は解きにいかない!とかいろいろなテクニックも知っていますが、その当時はなんせ情報不足でなんにも知りません。

ただ、必死に解く!がむしゃらの3時間半でした。

結果は当然、不合格・・・

しかし、こんな勉強方法でしたが、択一式70点中41点、あと1点のところまでいきました。 

こうして私の初受験は終わりました。          

 

3.過去問ってやる必要あるの??

 

 独学で勉強していた当時のkeikeiはこう思ってたんです。 
「過去問ってことは過去に出題された問題ってことでしょ?ということは同じ問題を
もう一度試験官が出題するわけないやん!」 
ですから1年目は過去問購入しませんでした(時間的余裕もなかったんですが・・・ 
でももし時間があってもこういう考えでしたから購入しなかったでしょうね)
 皆さんのなかにもおられませんか?keikeiのようなとんでもない勘違いをされてる方! 
社労士試験って各科目の重要な部分を繰り返し出題しているんです(ご存知でしたか?) 
もちろん、試験官もばかじゃないですから一言一句全く同じ問題を何回も出題してくるはずが
ありません。 
云いまわしや出題の角度を微妙に変えて出題しているのです 
例えば、労働基準法の第19条の解雇制限の条文、毎年とは言いませんが本当にものすごい 
確立で出題されているんですよね(20条の解雇の予告、21条の適用除外までいれればほんと 
すごいですよ!)  
この事実が悲しいかな、1年目の私には見えませんでしたし独学の私に教えてくれる方も 
いませんでした(今ならインターネットというすぐれものもあるのできっと私程極端な情報 
不足に陥る方は少ないと思いますが) 
社労士試験ってここ数年人気が急上昇中で難しい!なかなか合格しない試験!になりつつ 
ありますが・・・ 
でも短期合格が不可能な試験(例えば弁護士試験や税理士試験)かと云えばそうじゃないと 
keikeiは思います 
短期合格するためには幾つかポイントがあると思うのですがその1つに「情報に敏感になる!」 
ということがあげられますね keikeiの1年目のように「過去問は出題されない」なんて思ってるようじゃダメ!ダメ!です 
皆さんご存知のように社労士試験ほど改正点の多い試験も珍しいです 
まあ、合格して社労士になれば、改正するということは仕事が出来るということなので 
有りがたいのですが、合格するまでは本当に頭痛のたね以外の何物でもありません。 
でもこの改正点をしっかり押さえなきゃこれまた短期合格なんて無理な話なんですよ! 
知ってましたか? 
改正点って、改正した年か次の年あたりにすごい確立で出題されていることを・・・ 
まさに改正点は現役社労士さんにとっては「飯のたね」、現役受験生にとっては 「得点源」な訳・・・ ですから情報に敏感になりましょうね^^
 話を過去問の重要性に戻しますが・・・ 
1年目は全く過去問をしなかったkeikeiも合格した年(3年目ですが)は覚えるほど 
繰り返し、繰り返し過去問にTRYしました 
10回ぐらいまわしたかな?何度もやってると答えを覚えてしまうので最後のほうは 
なぜ×なのか?という理由まで言えるように!ということを意識して問題に向かいました 
合格者に聞くと絶対過去問は繰り返し、繰り返しやっておられますよ 
ですから必ず過去問は購入して繰り返し演習しましょう! 
これが合格への近道ですから・・・・

4.2年目もまさかの不合格!

 

 1年目の不合格が確定した11月からすぐ2年目の受験に向けて再スタートを

 きったのか?

 実はすぐきらなかったんです。

 1年目あれだけの短い期間で1点足りないところまでいったんだ!

 だったらもう1年勉強するんだから今度は絶対合格できるよ。

 そう、ちょっとだけ今年より頑張ればいいんだ!

 そんな気持ちが私の心の中にきっとあったんだと思います。

 

 当時は会社も辞めアルバイト生活を送っておりました。

 資格試験ってあれもこれもって受講していると結構な金額になっているん

 ですよね。

 先ほどお話したように完璧に自分の実力を過信していましたから、

「お金も必要だし、もう少しバイト生活を続けても大丈夫だよね」

 と自分にいいきかせ、結局3月までバイトを中心とした生活をおくって

 おりました。

 その年は1月からスタートした通学講座に申込みはしていたのですが、

 欠席した場合はビデオで受講可能ということで、バイトを辞めるまで

 ほとんど出席せずじまい。

 

 4月から「さあ、バイトも辞めたことだし勉強一本で頑張るぞ!」

 と気合を入れなおしたものの、11月から3月までのブランクは想像以上に

 大きかったのです。

 

 初受験した前年と違い、2年目ともなるとやはり前年には気にもとまらな

 かったような部分がどんどん気になるんですよね。

 「あれ? あれれ?」って感じで・・・。

 初受験の時には無我夢中だったので本当の意味まで理解していなかった

 んですよね。きっと。

 

 初受験の年、実は私は過去問もやりませんでした。

(びっくりでしょ!)

「過去問?過去に出題されたような問題がまた出題されるわけないじゃん!」

 そんなとんでもない勘違いをしていたんですよ。

(情報不足というのは本当に怖いです^^)

 が、2年目はさすがにあちこちの情報から「過去問は絶対やるべきもの」

 ということがわかり、私も過去5年分の問題集を購入し解いておりました。

 が、先ほども書いたようにやっとこさ本当の意味での「社労士受験生」

 に私もなっておりましたから、過去問も思うように進まず、本試験までに

 2回まわしたか?まわしてないか?ぐらいだったように思います。

 

 それでも例のごとく模試等ではそこそこの位置にランキングはしており

 ましたので「まあ、難しい試験だけど、今年はなんとかいけるでしょう!」

 そう信じておりました。

 

 が、今度は記述式(現在の選択式)で最低ライン1点足りず。

 自己採点後、しばらくは何も手につかない状態で泣いて暮らしましたね。

 「書き間違っていないかな?」「試験官が採点間違いしてくれないかな?」

 なんてことも考えました。

 心の奥では駄目だろうなと思っているのに、なんとなく「でももしかしたら

 いけてるかも?」という気持ちを捨てきれない

 そんな数ヶ月間を過ごしました。

 が、結局結果は不合格。

 3回目の受験が確定しました。

 

5.3度目の正直 ~2度目の受験に失敗し猛勉強!!~

 初受験の時は訳もわからずガムシャラに突っ走り運良く「1点」足りない

 ところまで登ることが出来ました。

 2年目は本当の意味で実力が伴っていないことに気づかず、おごりの心から

 勉強のスタートが大幅に遅れ、再び「1点」に泣きました。

 

 家族からは「もう辞めたら?」そう言われたこともありました。

 が、ここまでくると自分自身の気持ちは、すっかり「社労士になるぞ!」

 モードなんですよね^^

 それにそれまでに費やしてきた受講料もばかにならない金額だし。

 「もう1年だけ頑張ろう」

 そう決心しました。

 

 3年目の私は2年目とは別人でした。

 2年目の失敗をしっかり見つめ「自分は何が足りなかったのか?」

 を考え直したのです。

 

 ・ほぼ独学状態(2年目は通学生だったがほとんど授業には出席していなか

  ったので!)で今まで各法律を勉強してきたが、それでは本当に理解

  できていなかった。!

  >>暗記に頼っている部分が大いにあった

 ・スタートを切るのが2年目は遅かった。

 

 で、3年目は基礎から再度しっかり確認しながら積み上げていこう!

 そう思い、12月から某予備校の再受験者コースに通うことにしました。

 今回はまじめに通学しました^^

 通学してみて感じたのですが、やはり自分の勝手な解釈で覚えこんで

 いる部分が多々ありました。

 

 GW前までに各科目のテキストの復習をある程度行い、GW後からは

 徹底的に過去問、予想問題集等の演習中心のスケジュールでした。

(何回まわしたか?はっきりとは覚えておりませんがかなりの回数 

 繰り返し学習しました)

 この年は全国模試で1番や2番をとるような成績でした。

 この成績が直前期には重くのしかかり、プレッシャーをどうはねのけて

 コツコツ学習するか?が最大の課題でしたが、常に

「基本をしっかり学習する。みんなが得点する問題は絶対ミスしない。

 そうすれば絶対合格出来る」

 そう自分にいいきかせ、直前期は繰り返し繰り返し重要部分の確認作業と

 昨年失敗した記述式の演習に力をいれました。

 

 そして3度目の受験でなんとか合格を手にいれたのです。

 2年目とは比較にならないほど猛勉強しました。

 

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 ここまでがkeikei合格迄の体験記です。

 私は合格後すぐ講師になったのですが、今考えるともし1年目の時に

 運良く合格していたとしても講師にはなっていなかったんじゃないかな?

 なっていなかったというか、なる自信がなかった、と思うんです。

 

 2年目の本試験が終わってから発表までの間(ちょうど今頃の時期ですね)

 本当につらくって、悔しくってどうしようもない日々を過ごしました。

 「なんで?」って・・・。

 今考えるとあんな勉強じゃ当然の結果だと思えるんですけどね。

 当時はそんなふうにはとても考えられない自分でした。

 

 もしかすると当時の私と同じような状況で今、苦しんでいる、悩んで

 おられる方がたくさんおられるのではないでしょうか?

 発表日まではきちんとした結果は誰にもわかりません。

 

 が、自己採点の結果、どうも今年は駄目そうだと思われている方。

 私は今はこう思えるんですよ。

 「私には3年間の受験勉強が必要だったんだ! 3回受験したからこそ

 しっかりした実力もついた。そして講師として1歩踏み出す勇気が持てた

 んだ!」って・・・。

 もちろん、実力がついていない状態でもとにかく早く合格するに、

 こしたことはないんですけどね。

 

 でも皆さんは社労士という資格が欲しいから勉強しているわけではない

 ですよね?

 社労士という資格をとって、社労士として活躍したい!活躍しなくっても

 自分なりの社労士像をもってやっていきたい!

 そう思っておられるんですよね。

 

 だったらやっぱりしっかり受験生のうちにしっかり実力をつけておくこと!

 これは大事なことだと思います。

 そう考えれば少しは気持ちが楽になって、前向きな自分に戻ることが

 出来るのではないでしょうか?

 

keikei合格後の大変(?)記

1.

私が3回目の社労士受験をしたのは96年、そう、アトランタオリンピックが

 開催された年です。

 1回目、2回目の時には漠然と「社労士になりたい!」と思って勉強していた

 私も3回目の受験勉強の時には「講師をしてみたい」と強く思うようになって

 いました。

 その証拠に某受験校の模試のチラシに「模試で上位ランキングした方には

 当校で講師として活躍するチャンスあり!」なんて文字を見つけて、必死に 

 勉強してその模試で1番をとったこともあったなー。

(受験人数は500人ぐらいの小さな模試でしたが・・・)

 

 でも実際のところすっごく心は揺れていたんです。(もうぐらぐら!!)

 「講師はやってみたい!でも実務経験もないし、自分より年上の方ばっかり

 なのに教壇にたって教えるなんて・・・想像出来ない!自信ない!

 もし、今年合格できたらその後どうしようー」

 これが正直な気持ちでした。

 

 ※1回目の受験の時には今と違い、まだ教室を見渡せば年配の男性の方が

  圧倒的に多く、若い女性はパラパラだったように思います。

  ちなみに3回目の受験の時私は26歳でした。(ん?若くない?)

 

 模試の結果などから、今年は余程の失敗がなければ合格できそう・・という

 確信を持っていましたから。

 でも「合格」が手にはいりそうになればなるほど、その先の自分に

 ついてがすっごく不安で、考えると胸がどきどき、心臓ばくばく状態。

 だから、試験まではあんまり考えないようにしていたんです。

 「合格すればまあ、なんとかなるさ。

 某予備校の模試では1番もとっているんだからいざとなればそこにいけば

 講師も出来るんだから・・・

 何もかも11月1日の合格発表を待ってからでいい」

 自分にそう言い聞かせていました。

 

 7月の最終週の火曜日、本試験日です。

 その日は試験後、解答速報会等にも参加せず帰りました。

 次の日、試験勉強でほったらかしだった彼氏(今の主人です^^)の家へ

 行き、インターネットで解答速報を流している某予備校のHPへ・・・

 自己採点してみました。

 

 まず記述式から採点したように記憶しています。なんとか最低ラインにも

 ひっかかることなくクリア、次は択一式。

 労基、労災、ここまでは順調、順調。が、雇用にはいるといきなり

 問1,2あたりの最初の問題を連続ミスしていたように思います。

 もう半泣き状態でした。

 結局雇用以外の科目はかなりの高得点だったものの、雇用のみが最低ライン

 ぎりぎりの4点でした。

 

 丸つけしている最中ずーっと緊張していた気持ちが採点後いっきに

 開放されて、その場で泣きました。わんわん・・・

 でも、嬉しかった~♪

 採点中、別の部屋にいた彼氏も「やったー」の声にやってきて

 「良かったな」って・・・。

 

 でもこの喜びもつかの間、彼氏が「で、どうすんの?」と

 切り出してきて・・

 実は本試験日に門の前でもらった記述式の解答速報の裏に「講師募集」

 の広告が載っていたのを彼氏は知っていました。

 今合格していることを確認したにもかかわらず、その「講師募集」の

 広告に飛びつこうとしない私の姿勢、ようは逃げている姿勢を彼は

 早くも見ぬいていたんですね。

 そう、私も合格を確認した段階ですぐ「今後について」が頭をよぎって

 いました。が、考えると例のごとくすっごくどきどきするんで、

 合格によっているふりをしていたんです。

 私は11月の発表を待ってから行動するつもりでした。

 

 が、「お前、講師になりたいんやろ?やりたいことが決まってて今目の

 前に講師募集しているとこがあんのになんで行動せえへんねん」

 ぐさっ!!

 返す言葉がありませんでした。

「だって、まだ合格してるかどうかはっきりわからへんし、発表待って

 から模試で1番とったとこの講師採用問い合わせしたらいいんと

 ちゃうん?」

「あほか!そんなん、言うてるだけで実際採用するかどうか?なんか

 わからへんやろ」

 黙ってしまいました。

 

 そんな私に、

 「いますぐここで電話せえ!。」って・・・

 「えーっ!!」

 と思いましたが、ここで電話しない理由が私にはみつかるはずもなく・・

 もう、清水の舞台から飛び降りるつもりで電話しました。

(ちょっと大袈裟な表現かもしれませんが、その時はそれ程緊張して

 いました)

 すると担当者の方が出られて8月○日に面接をしますので

 来てくれとのこと。

 行くと数名ほど私と同じように面接に来ていました。

(後から聞いた話では最終的には数十名面接に来られたそうです)

 

 が、なんとかその中から採用となり9月1日から某予備校へ

 「半人前社労士」として行くことになったんです。

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後日談ですが・・・

 実は某予備校に電話した後、他の予備校数社にも電話で「講師になりたい

 のですが、募集はありませんか?雇っていただけないですか?」と

 電話したんです。

 が、見事撃沈!! 模試で1番をとった予備校にさえ「今年の講師募集予定

 はありません。欠員がでた際の登録ならできますが・・・」

 と言われる始末・・・

 

 あの時、彼氏に言われて電話していなかったら・・・と思うとぞーっと

 しますね。(もしかすると資格マニアになっていたかもしれません!)

 

 今振り返って思うことは、最初はみんな素人で自信なんてない!ってこと。

 自信は動きながら、身につけていくものですから・・・

 合格者に一番大事なことは、チャンスを逃さない!ということかな?

 

 成功するかどうか?の違いは、そのチャンスが自分にまわってきた時に

 しっかりものに出来るか?

(もっというならチャンスが自分に巡ってきた時に、すぐ行動できるよう

 日頃から努力しているかどうか?)

 ほんの少しの勇気をだしてチャンスに飛びつけるかどうか?

 だと思うんです。

 人には人生のうち、同じ数だけチャンスが巡ってくると思っていますから。

 

 そういう意味では、あの時、勇気がだせずにいたあかんたれの私の背中を

 おしてくれた主人にはほんと感謝、感謝です。

 

 

2.

9月1日から某予備校に社労士の講師として採用され働くこととなった訳 

 ですが、この時点ではまだ合格しているかわかりません。

 ですから当然、講師として教壇にたつこともできず、最初はテキスト等の

 教材作成をしていました。

 そうして11月1日の合格発表日を迎えたんです。

 合格です!!

 半人前とはいえ、これで晴れて社労士として教壇にたつことができます。

 

 私の講師としての初デビューは1月からスタートする答案練習会に決定!

 30分程で問題を解き、その後、その問題について1時間で解説すると

 いうものです。

 受験生だった時は、「たった1時間の解説講義」ぐらいの認識でしたが、

 前にたって今度は自分が解説する!となると、「すっごく長い解説講義」

 なんですよね。

 

 週2日程講義があったと思いますが、この2日(=2時間)のために何時間

 予習をしたか?覚えていません。

 それ程勉強しました。

 当時26歳と、講師としては年齢も若い! おまけに受験生あがりの講師で

 実務経験も全くなし!ときてますからね。

 「不安」だらけです。

 そんな私もいったん、教壇にたてばいち講師です。

 誰も助けてくれません・・・

 「不安」をぬぐいさるように必死に勉強していたように思います。

 

 受験生の時は、受験生の時で必死に勉強していたつもりでしたが、

 勉強量は比べものにならなかったですね。

 なんせ自分が理解した上で、相手に伝えなければならない訳ですから・・・

 相手に伝えるってほんと、難しいんですよね。

(皆さん、経験ありませんか?)

 自宅の机の前で時間をはかりながら、何度も何度もロープレしました。

(主人が生徒に扮して、模擬講義したこともあったな。

 講義の途中で「先生、ちょっといいですかぁ~」なんて質問する嫌な

 生徒役でした^^)

 

 ぶっちゃけた話、講義+予習時間で時給計算すれば、きっと数百円だった

 と思いますよー。

 最初のうちは、仕事としては全然割に合わなかったですね!

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 実は、私合格発表のあった月に入籍し、翌月から新婚生活をスタートした

 ばっかりだったんです。

 もちろん、先ほどお話したような状況ですから、甘~い新婚生活とは

 かなりかけ離れていました。

 年末年始もひたすら予習、予習でしたし、予習はしていなくっても頭の中

 は間近にせまっている「デビューの日」のことでいっぱいでしたから・・

 

※余談ですが、合格した年に入籍だけし、翌年の9月に両親と一緒に

 カナダのプリンスエドワード島で挙式したんです!

(赤毛のアンの島って言えばおわかりになる方も多いでしょうか?)

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 1月某日、初講義の日、

 あの日のことだけは今でも忘れることが出来ないですね。

 南大阪のほうにある「天王寺校」の平日の夜の答案練習会

 これが私の初舞台の場だった訳ですが・・・

 

 私がその教室に着いたのは、最初の30分の問題演習の途中だったと思い

 ます。

 「少し早めに教室にはいって、講義内容でも確認しておこう!」

 そう思い、教室のドアを緊張しつつ開けました。

 「私の初めての生徒さん達はどんな人達かな??」

 なーんて思いながら・・・

 次の瞬間!!私の目に飛び込んできた光景をあえて言葉にするなら

 「背広、背広、背広・・・」

 

 平日の夜のコースな訳ですから背広を着たサラリーマン風の方が多いのは

 当然なのですが、それにしても背広姿の人ばっかり。

 ただでさえ、初講義で緊張していたのに、背広姿で鉛筆をカリカリ、

 あきらかに私より年上の男性の方ばっかりが必死に問題に向かう後ろ姿は、

 開けたドアを思わず閉めさせてしまうほど、強烈だったのです。

 そう、教室にはいれなかったのです!

 

「開けて~♪閉めて、開けて~♪閉めて、開けて~♪閉めたら

 入られへん!!」

 吉本新喜劇の吉田ヒロのギャグ状態ですよぉー

(関西の人しか、このギャグはわからないですかねー?)

 

 いったん冷静さを取り戻すべく、用もないのにそのままお手洗いに直行

 し、その後教室に突入したのを覚えています。^^

 

 講師を辞める前は100名程度の生徒さんの前で講義をすることもあったの

 ですが、そのkeikeiも最初は上記のようなほろ苦ーい経験をしているん

 です^^       

 

3.

「講師って食っていけるんですか?」

 よく、講義終了後聞かれました。

 その時は、まだ予備校に属して講義をする身でしたから「どうかなー?」

 と言葉をにごしながらの返答しかしませんでしたが・・・

 

 多くの予備校が時給制3000円ぐらい~10000円ぐらい?(上限については

 聞いた話ですので正確にはわかりません!)で開業なさっている先生やら

 合格したての新米社労士やらを講師とし、講義のカリキュラムを

 組んでいるようです。

 中には社員となって、教材の製作から講義までを担当するような学校も

 あるようですが・・・

 社員の場合は別として、時給制の場合、かなり有名講師とならない限り

 これ1本で食べていくのはしんどいかなー、それこそ毎日講義し続けない

 とダメかなー、という感想です。

(ちなみに私も本試験前の直前講座が重なる時期は何本も講座を担当して

 ましたので声がいつもハスキー状態でした。)

 

 先週もお話しましたように、例えば時給3000円としても、1時間3000円

 という計算ではないです。

 その1時間の講義をするために、数時間の予習の時間が必要です。

 特に初年度の場合、膨大な予習量ですから・・・

 予習時間もいれると千円単位の時給が百円単位になっていた!!

 なんてことも珍しくないでしょう。

 

 更にこの頂いたお金からたーくさんの資料、本を購入する必要があります。

 皆さん、ご存知の六法全書なんかは法改正がありますから当然、毎年毎年

 買い替えないといけないです。

 また、人に説明するためには、その法律の立法趣旨やらを含めたかなり

 つっこんだ理解が必要です。

 そのために各法律ごとに「コンメンタール」「解釈総覧」等、非常に

 詳しい解説書が存在するのですが、それらを購入し読み込む必要が

 あるんです。

 この解説書がまた高い!!

(内容を考えると決して高くはないのですが、私のお財布的には「高い!」

 かな)

 解説書だけでなく、各法律に関連する書籍、他社の予備校のテキスト

 問題集等を参考にするのに購入したりと・・・

 結構かかるんです。

 まあ、これらは必要経費ですが、それでもお給料に占める書籍の割合

 ってかなり高いと思います。

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 なんか夢をぶちこわすような話ばっかりしてしまいましたが・・・

 でも講師ってとっても魅力的な仕事ですよ。私は大好きです。

 

 私が講師になった時、

「たった1人でいい。私の講義を聞いて良かったと思ってもらえるよう

 一生懸命1つ1つの講義をやろう!」

 そう心に言い聞かせて教壇にたったことを覚えています。

(このスタンスが今のとれとれにも受け継がれておりますが・・・)

 教室にいる全ての生徒さんを満足させよう!なんて考えるとそれだけで

 ぶるぶる震えてきますからね^^。

 

 間違ってもテキストを棒読みしたり、予習もしていないのがまるわかりの

 講義だけはすまい!と思っていました。

 自分が受験生だった時、そういう講義を聞かされ、ほんとがっかり

 した覚えがありましたから・・・

 

 私はこの問題を解いた時には、テキストのこの部分も関連して覚えて

 おかなきゃね!なんていう属にいう「横断」が好きなんです。

(我流ですけどね^^)

 で、最初に担当した答練の時なんかも1つの問題の解説をする時に

 よく横断したりしてました。

 きっと私の答練を受けた方の問題の横には、そういう書き込みがいっぱい

 だったと思います。それがkeikei流答練でした!

 

 ある日解説講義が終わった後、1人の女性徒がとことこと教壇に歩み

 よってきて

「先生の講義、とってもわかりやすくって好きです。先生に合格するまで

 ついていきます」

 って言って下さった方がいました。

 嬉しかった。

「たった1人の生徒さんでいい。良かった!って言ってもらいたい」

 私の第一のハードル突破の瞬間でした♪

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 仕事にはいろんな形の「有難う!」がきっとあると思うんですが、

 講師の仕事って「社労士合格」という目標がはっきりしていますから

 すっごくわかりやすいんですよね。

 その人にとっていい講義をし、それに相手がまず満足し、かつ、合格

 まで勝ち取ることが出来れば、最高の「有難う!」がかえってきます。

 

 予習の苦労やら、時給の安いのなんて吹っ飛びますよ!!^^

 講師でなくっても開業して社労士としてやっていくとしても同じじゃ

 ないでしょうか?

 ややこしい書類を窓口にせっせと足を運んで提出する、もっとわかり

 やすい例でいけば企業のために知識をフル稼働させて助成金をゲット

 する!

 きっと最高の「有難う!」がかえってくるはず・・・

 

 皆さんが目指しておられる「社労士」という職業はこんな最高の仕事

 です。

 受験生の方は1日も早く合格して自分なりの魅力的な社労士像を

 築いて下さい。

 既に合格なさっている方は「社労士」として少しでも「有難う!」に

 近ずくためにこれからも日々一緒に精進していきましょう。

 

 私もまだまだ努力不足・勉強不足を痛感しておりますので引き続き

 とれとれ受講生の皆さんと一緒に勉強!勉強!です。

 そして、自分なりの最高の講師像を目指してこれからも頑張ります。

(なんか決意表明みたいになってしまいましたね^^)

 

4.

96年の11月に合格してからすぐ講師を始めたのですが、社労士として

登録を行ったのは、98年の年明け早々でした。

私は実務経験がありませんでしたから、97年の6月に連合会主催の講習会に

出席、修了しはじめて登録が可能だったわけです。

※ちなみに講習会の費用は7万円でした!

 

皆さんご存知のように社労士試験に合格しただけでは社労士とはいえません。

連合会に登録してはじめて社労士となるのです。

登録形式は、開業と非開業の2つ。私は本来の社労士業をせず、しばらく

講師業をやってみたいと思っていましたのでまず非開業で登録しました。

 

この登録の際の費用、結構かかるんですよ。

ちょーっと正確な金額は忘れてしまいましたが最初は登録費用やら、

年会費やら非開業でも結構かかりました(十数万円)

ちなみに、一旦登録すると社労士を続ける限り一生、年会費というものを

納めなければならないのですが、非開業だと約42000円、開業だとその倍

の額が毎年かかります。

ですから、社労士試験に合格したもののすぐこの資格を使う予定がないと

いう人は、すぐ登録をせず、例えば開業する際に登録するなんて感じに

なさっている方も多いようです。

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で、登録するとこれまた皆さんご存知のように「登録即入会制度」なるもの

がありますので、各都道府県の社労士会に入会となります。

と同時に各支部に入会となるのです。

私の場合、大阪でしたから大阪府社会保険労務士会に入会すると同時に、

住所地(非開業で登録したので)のある堺の支部へ入会となりました。

入会すると支部からいろいろな案内が届くんですけど、私のもとに最初に

届いたのは「支部総会」のお知らせなるものでした。

4月の年度始めに行われるもので、気合のはいっていた私はもちろん参加!

で返事をしました。

(この時、はじめて社会保険労務士 keikeiの名刺をつくったんです♪)

 

お昼過ぎから総会、終了後、確か懇親会なるものがあったと思います。

最初の総会へ参加すべく会議室にはいり、後ろのほうの席に座っていました。

どんどん先生方がはいって来られるのですが、どうも雰囲気が違うんです

よね。確か受験勉強していた時はもう少し若い人が多かったように思うん

ですが、当日はというと・・・

私の両親若しくは祖父母世代の先生ばっかり!

しかもほとんど男。

※うちの支部は当時、特に女性が少ない支部だったのです。

 

おまけに総会がはじまると議題があげられるたびに席に座っている先生が

口々に「異議なーし!」と大声をあげるんです。

「あちゃー、えらいとこに参加してしもうた!」

その時は正直そう思いました。でも今更帰れません。その後の懇親会にも

出席と返事をしていたものですから・・・

仕方なく、後ろの席で小さくなって座っていました。

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総会はただ座っているだけでしたが、その後の懇親会は御酒やら食事が出て

先ほどとは違い和やかな雰囲気でした。

また、私のような新規入会の会員紹介のコーナーなども設けられており、

しっかり挨拶して名刺交換もさせて頂けました。

 

最初、総会の席では「えらいとこに参加してもうたなー」という印象でした

が、この総会、懇親会がきっかけでその後の勉強会、支部活動等では

各先輩先生方にいろいろ教えて頂けました。

皆さんも是非、登録なさった際にはこわがらず、支部活動に参加してみて

下さい。

 

勉強会等はすっごくいろいろな情報を得ることが出来ますし、何より

先輩の先生方に自分を覚えてもらえば、いろいろ教えてももらえます。

社労士という仕事は扱う法律が膨大な量です。

全ての分野のプロになるのはなかなか難しいと思うんですよね。

ですから、各先生方も自分の得意とする分野というものをお持ちの場合が

多いです。

新人の頃は特にどの分野も半人前ですから、各専門分野の先生をしっかり

覚えておけばいざという時に相談も出来ます。

何より、社労士業は1人ではなかなかやっていけませんから・・・

同じ支部の先生方とのつながりは、とても大事なことだと思います。

 

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で私自身の話に戻りますが,4月に支部総会にデビューした翌月、講師を

していた予備校で昼間は教材作成の仕事もやっていたのですが、その仕事

が急遽なくなったんです。

以前にもお話しましたが、講師という仕事はとっても魅力のある仕事ですが、

報酬がそれ程高くないんです。

ですから、「どうしようー」と思いました。

講師の仕事だけの収入だけでは・・・・状態だったので「開業しようか」

と考えていました。(実務経験がなかったのでかなり不安があったのですが)

 

丁度その時、支部総会でお会いした同じ支部の女性の先生からお電話が

あったのです。「事務員さんが1人辞めるんで誰かいい人いないかしら?」

って・・・。

思わず、「私でもいいですか」と志願し、昼間はその先生の事務所で事務員

として修行、夜は講師をすることになりました。

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昔、OLをしていた会社のマネージャーが「営業は愛や!」といって

いました。実は、高校時代のバレーボール部の顧問も「バレーは愛だ!」

なんて言ってたんですよね。

当時は「なんじゃそりゃ!」って感じでしたけど・・・

でも今ではなんとなくわかるんですよね。「愛」の意味が・・・。

社労士業は所詮は営業だと思うし、その営業とはマネージャー・顧問が

言っておられたように「愛」「気持ち」だと思うんです。

 

ですから、私は、本来の営業ではないけれども支部総会でお会いした先生方

1人1人に「これからよろしくお願いします!!」の気持ちをこめて

お礼状を書きました。内容はほんと、たいした内容ではなかったん

ですけどね^^。

けれども、たまたまそのはがきが目にとまって私に電話がかかり、そして

そのことによって私は東京へ引っ越すまでの約1年半、先生のもとで働かせて

頂きました。

講師と事務の仕事の両立は、結構きつかったですが、あの時の経験は

すごく役にたっています。

 

「営業(バレー)は愛!!」ですよ^^。

 

合格を勝ち取られた皆さんは、

きっとこれからの道のりのほうが今までよりもずっと厳しく、時にはつらい

こと、自信をなくすことがあるかもしれません。

開業しようか?どうしようか?悩まれることもあるでしょう!

 

大丈夫ですよ!!

相手は同じ人間です。心があります。

皆さんが本当に気持ちをこめて、一生懸命頑張っておられれば、例えどんなに

どんくさくとも、口下手であろうとも、絶対相手にそのことは伝わるものです。

ですからいつでも「愛」をもって、一生懸命ガンバッテいきましょうね。

私も頑張りますので^^

 

 

 

5.

今に至るまでに3回、大きな岐路があったと自分では思っています。

1度目は試験後、講師募集に応募したこと、

2度目は支部総会に参加したこと、

そして3度目は1999年の10月に、この「とれとれE★社労士無料版」という

メールマガジンを発行したことです。

3つとも、もし勇気を出さずに違う道を選択していたらきっと今の私はいな

かっただろうなー そう思います。

 

今日は合格後の体験記のラストとして3つ目の勇気について書きたいと思い

ます。

1999年の10月1日に第1号を発行した訳ですが、実はこの1年以上前から

「メールマガジンを使用して過去問解説なんてどう?」と主人に言われて

おりました。(主人は影の功労者、とれとれ産みの親なんです。実は・・)

その当時はまだメルマガで過去問解説なんてものありませんでしたから、

もしやるとすれば、画期的なアイデアとなる訳です。

が、「全国の受験生を相手に解説するなんて絶対無理!!」

度胸のない私はそう決めつけていたんです。

本当はすっごく興味があったのですが・・・

 

が、1999年の9月に主人の仕事で東京へ引っ越すことが急に決まりました。

当時、私は来年の6月まで続く基幹講座を1クラス担当し、講師の仕事の

面白さがやっと実感できるようになっていた時だったのでかなりショック

でした。「えー!なんで」

が、どうしようもありません。主人が単身赴任というわけにもいきません

もんね。

ひとまず主人だけ先に東京へ行き、私は遅れて年末に東京へ行きました。

 

そんな訳である日急に私から講師の仕事がなくなったんです。

せっかく合格後、ここまで築いてきたものがいっぺんになくなってしまった

わけです。

「全国の受験生相手にするのは怖い!自信ない!!」

なんて甘っちょろいこと、言ってられなくなっていました。

とにかく!!

「講師は辞めたくない!受験生を応援し続けたい!」

この気持ちのほうがずっと当時の私には強かったんです。

 

で、以前から興味があったメールマガジンを使った過去問解説が急浮上!!

「もうこれしかない」

9月に急いでまぐまぐに登録手続きをし、タイトルを主人と練りに練り、

ようやく、「とれとれE★社労士」に決定。

やっぱり今後ネットで生きていくなら「E」はいれたいよねー♪

「資格をとれとれと、とれとれぴちぴちのネタということでの掛詞で

「とれとれ」はどう?」

なんて話しながら・・・^^

 

10月1日、第1号を発行した時の読者数、忘れもしません。

8名でした。^^;

ウィークリーまぐまぐに紹介される前に発行したので

この数だったのですが、むっちゃショックでしたね。

予定では1000名ぐらいは登録してくれる!と踏んでいましたから・・・

その時は「いいよ!1人でも読んでくれるんやったら一生懸命やる」

なんて強がってましたけどね。

1週間後、ウィークリーまぐまぐに紹介されるといっきに2000名ぐらいの

登録数になったように思います。ほっ!としました^^

(ちなみに現在は3誌あわせて約5700名の方にお読み頂いております)

 

~~~~ ~~~~ ~~~~ ~~~~ ~~~~ ~~~~ ~~~~

 

ここまでが無料版発行までのお話。

2000名登録頂いた時点で、有料版発行の決心もついていました。

講師の仕事もなくなりぷー太郎になることが決定していましたから・・・。

先ほども言ったように当時、過去問解説をメルマガでやっている方はまだ

いませんでしたし、ましてや有料でやっているものもありませんでしたから

すっごく悩みました。

「私に出来るだろうか?」

 

が、今まで講師をやってきて、近くに予備校がなく独学で勉強している方や

予備校はあっても子供がいて通えないなどいろいろな事情があり一人で

頑張って勉強している方に対して、難しい条文を少しでもわかりやすく解説

できたらいいなーそう思っていました。

無料でのみやるという方法もありましたが、成功するしないは別として

私はビジネスとして予備校には出来ない、私なりの味をだして受験指導を

やってみたい!

そういう思いがありました。

ですから、有料版発行にふみきり、翌年2000年の1月から募集を開始しました。

 

「さあ、3月からいよいよ配信スタートだぞ!!」

と気合をいれていた矢先に妊娠が判明。

子供は欲しかったのですっごく嬉しかったのですが・・・

最初、やっぱり「どうしよう」と悩みました。

お金を頂く以上責任がありますから・・・

 

が、幸いなことにつわりもなく元気でしたし(というか、今思えば

やらなきゃ!

という気持ちが元気の素だったように思います)何より発行動機の

「受験生を応援したい」の気持ちが強かったので8月の本試験日まで配信を

休むことなく、なんとか続けることができました。

 

そして、その年の10月に長男を無事出産し、翌年(2001年)は子育て

しながらなんとか有料版として3本のメールマガジンを発行してきました。

 

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有料版を発行した2000年、2001年は、私個人としても出産、育児とはじめて

の経験の連続の年で、仕事とはいえ、育児との両立は本当に大変は大変

でした。

長男は比較的病気することもなく、元気に育ってくれましたが、そんな

状態でさえ、時にはいらいらして「子供がいなかったらなー」

そんなとんでもないことを考えることもありました!

 

が、私が受験生を応援する立場であるにも関わらず、常にとれとれ受講生の

方の励ましに支えられていました。

これは本当です。

頂く、メール1通、1通にどれだけ勇気づけられたことか・・・

だからこそ、私も絶対頑張らなきゃ!と常に思えましたし、「皆さんの

励ましにこたえる=わかりやすい解説をお届けすること」と自分に

言い聞かせてこれました。

 

また、私と同じ女性の方に「出産、育児」があっても社労士業は続けて

いく方法もあるんだ!ってとこ見せたい!という気持ちもちょっぴり

あったんです。

社労士試験の勉強をスタートした当時は「将来専業主婦♪」と決め込んで

いた私も、いつの頃からか?「社労士としても仕事を続けていきたい!

でも子供も欲しい、出来たら自分で育てたい!どうしたらいいんやろう?」

ってずっと思ってたんです。

 

講師をするにしても、開業するにしても、子供を産むとどうしても

しばらくは仕事が出来ない。いざ、仕事が出来るようになっても果たして

復帰できるんだろうか?って・・・

 

私は本来の社労士業をしている訳ではないですし、いろいろな出会いが

あって、今こうしてたまたま子育てしながら仕事が出来ている訳ですから、

全く偉そうなことは言えないのです。

(とっても意思が弱い部分もありますし、頑丈そうにみえる体も凜吾を

出産してからというもの、肩こり、頭痛、腰痛に悩まされる体です。

仕事をしているとはいえ「キャリアウーマン♪」という響きからは

ほど遠い、そんな私です)

 

が、そんな私でも今なんとか自分なりの社労士としての生き方が見つける

ことが出来ているのです。

きっと私がそうであったように、「結婚して、子供も産んで、でも

仕事もなんとか続けたい」と思い、いろんな方法を模索していれば

何らかの方法が見つかるんじゃないかな?

私はそう思っているんです。

きっとそれは人それぞれ違うと思います。

 

長くなりましたが、これが私の合格後の体験記です。

今現在もこの続きは現在進行形です♪

次男坊も生まれ今では2人の男の子の母ちゃんです。

毎日「コラー!!」の声をはりあげての子育て中!

髪振り乱して、クタクタになって・・・ かっこよくもなんともありません。

が、keikeiなりの社労士像を目指して、ほんの少しずつでもいいですから

毎年子供達が成長するように、私自身も母として、そして社労士として

頑張っていこうと思います。

 

とれとれを購読頂いた方々が合格なさって、社労士界に「とれとれの輪」が

広がっていったら、こんな素晴らしいことはないなー

そう思っております^^

 

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